2010年11月06日

巨匠・市川崑監督が描いたユニークな育児書 「私は二歳」



「私は二歳」

これは巨匠・市川崑監督が、松田道雄の育児評論をもとに、若い夫婦が初めて経験する子育てを面白おかしく描いたファミリー・コメディだ。

都内の団地に住むサラリーマン夫婦の間に息子太郎が生まれ、一家は新たに祖母を迎えるが、太郎の病気やケガ、いたずらに振り回されて、てんやわんやの毎日・・・。


◇ いつの時代も子育ては大事業だ

太郎くん(○歳→二歳)は都内の団地に住むサラリーマン夫婦、小川五郎{船越英二)と千代(山本富士子)の一人息子として生まれた。

両親は太郎くんを育てるのに毎日毎夜一生懸命だ。太郎くんが笑ったといっては喜び、ヨチヨチあるいたといっては歓声をあげ、団地の階段を高いところまで這い上がったといっては仰天する始末。

両親は太郎くんを眼の中へ入れても痛くないほどかわいくて仕方がない。だが、両親のそんなかわいがり方は、太郎くんにとって迷惑かも……。

日曜日、五郎はターちゃんの寝る柵を慣れない手つきで作っている。千代、美容院から帰ってくる。
「ちゃんとご飯たべさせてよ。こんなに残しちゃって」
「俺だってターちゃんのために汗水流して柵を作っているだろ」
「私はターちゃんにご飯食べさせるのに、毎回1時間はかかるのよ、用意に30分、合計4時間半はあの子の食事に取られちゃう。あなた、会社で仕事してるのは4時間くらいでしょ、あとはタバコ吸ったり、野球の話ししたり・・・」
口げんかになる二人。ふと気がつくとターちゃんがいつ柵から出たのかノコを手にして遊んでいる。驚いてノコを取り上げる二人。
ターちゃんの声。
『ネジをはずしたり紐をほどいたりするのはとても難しいんだ。ぼくはそれが出来るようになったんだ。なんで素直に褒めてくれないんだろう。アラ探しばかりするから大人はいつも不幸なんだ』


◇ 子供中心の生活 それは楽しみでもあり 苦労の連続でもある

二人は太郎を動物園に連れていく。太郎が迷子になり、大騒ぎ。
迷子の子供たちの声、
『ぼくは迷子じゃねえよ、親父の方が迷ってどっかへ行っちまったんだ』
『自分の子供を見失うなんて、よっぽどどうかしてるな』
『うるせえな、よく泣きやがる。泣き声なら俺が一番大きいぞ』
両親が太郎を引き取りに駆けつけてきた。

「俺がちょっとトイレに行ってる間に子供を見失うなんて、なってないよ。それでも母親なのか、あきれたよ、もっとしっかりしてくれなきゃ、母親失格だぞ」
私、帰らせていただきます どうせ私は無責任で低脳で母親の資格なんかないんです 里へ帰らせていただきます」
「ちょっ、ちょっと待てよ、人が見てるじゃないか。ね、謝る、許してください」
五郎、千代に頭を下げる。

太郎、夜泣き出す。もてあます二人。
やっと静かになり電気を消すとまた泣き出す始末だ。
『ボクは眠くないんだ。元気イッパイなんだ。昼間眠り続けたから、ちっとも眠くないんだ。ボクは遊んでほしいだけなのに。察しの悪い親は困りもんだよ、ほんとに』
あくびをしながら、太郎と遊んでいる五郎。
  

◇ 団地住まいから祖母と同居することになり・・・

転居によって新しい家族に祖母をくわえ、郊外の平屋に住むことになった。おいたに、怪我に、自家中毒、風邪等々、両親や祖母の神経が休まる暇もない。それに母親と祖母のしつけ方のくい違いがあったり、父の勤務先のごたごた・・・。

突然そんな太郎中心の生活に祖母の死がおとずれる。しかし、太郎は人間の死ということを知らないのだ。おばあちゃんは遠い遠い所へ旅行に行ったと信じこんでいる。

丸い大きな月の昇ったある夜、太郎は小さなバースディ・ケーキと二本のローソクの前に座っている。ローソクの小さな炎が太郎と両親の顔を柔らかく浮き上がらせ、太郎は心の中で呟くのだ。「ボクは二つになった。だからローソクも二つだ。ボクは今日から二歳」


さすがは市川崑さんだ。育児の教科書としてもよく出来た映画である。最近は育児で悩む若い母親が多い。そんな人たちにこの作品を見て欲しいと思う。

”古い映画”で片付けるには惜しい傑作だ。育児の本質は今も昔も変わらない。夫婦の共同作業で子供たちを育てていくのであろう。いや、子供に育てられるのかも分からない。

お富士さんと船越の夫婦役もなかなかいい味を出している。


1962年 大映・カラー 監督 市川崑 出演 船越英二 山本富士子 鈴木博雄 岸田今日子 浦辺粂子 

タグ:私は二歳
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2010年10月27日

運命的な愛を生きた二人の男女 その愛の結末は・・・「コールドマウンテン」



南北戦争末期を背景に、激動の戦禍に巻き込まれた運命的な愛を壮大なスケールで描き上げた感動のドラマ! ジュード・ロウ&ニコール・キッドマン主演。

その1: この映画の背景となった南北戦争とは・・・

南北戦争(なんぼくせんそう、 American Civil War, 1861年-1865年)は、アメリカ合衆国に起こった内戦である。奴隷制存続を主張するアメリカ南部諸州のうち11州が合衆国を脱退、アメリカ連合国を結成し、合衆国にとどまった北部(23州)との間で戦争となった。

お互いにあらゆる国力を投入していたことから世界で最初の総力戦(Total War)だった、とする説もある。4年間の内戦の末期だから、北軍が押していたときであろうか。


その2: 脱走兵狩りは真実だった!!!???

まるで悪魔のような脱走兵の取り締まり。彼らは脱走兵を見つけると容赦なく射殺するか、縛り首にした。脱走兵を匿ったり、助けたりした者も同罪である。戦争に怯える女・子供の様子がよく描かれている。そこまで残忍な描写をする必要があるのか、と思えるシーンもあるのだが・・・。

そうした中、南軍兵士インマン(ジュード・ロウ)は、遠い故郷にいる恋人エイダ(ニコール・キッドマン)のために傷ついた体で軍からの脱走をはかる。まるで狩から逃れる兎のように。これはその道中記でもあるのだ。


その3: キスしただけの二人の愛が再会で燃え上がる

何度となく死の危機にさらされるアイマン。ピンチを脱出出来たのは、エイダを想う愛の心であった。エイダの方もそうだ。103通出した手紙の返事は一度も戻らない。アイマンが受け取ったのは僅か3通。だが生きて必ず帰ってくることを確信して彼女は待ったのである。

これは4年間離れていた二人の”愛情物語”とも云えよう。西部劇は舞台に過ぎないのであろうか。

再会後、アイマンがエイダと語り合う場面。
「君が心の中にいたから絶望の淵に沈まずにすんだ」
「私にそんな力があるの? 私たちほんの何分か一緒にいただけなのよ」

永遠にも優る時間だ。一瞬、一瞬がダイヤのように煌めいていた。現実がどうだろうが関係ない・・・


その4: 南北戦争を背景にした映画ほどのくらいあるのだろう

國民の創生 (1915年、監督:D・W・グリフィス)
若草物語
キートンの大列車追跡(1926年、監督:バスター・キートン、クライド・ブラックマン)
風と共に去りぬ(1939年、監督:ヴィクター・フレミング)
七人の脱走兵(1954年、監督:ヒューゴ・フレゴネス)
ふくろうの河(1962年、監督:ロベール・アンリコ)
ダンディー少佐(1964年、監督:サム・ペキンパー)
続・夕陽のガンマン(1966年、監督:セルジオ・レオーネ)
ロング・ライダーズ(1979年、監督:ウォルター・ヒル)
グローリー(1989年、監督:エドワード・ズウィック)
潜水艦CSSハンレー(1999年、監督:ジョン・グレイ)
コールド マウンテン(2003年、監督:アンソニー・ミンゲラ)

あなたは何本ご覧になっていますか?


その5: 「コールドマウンテン」は平凡な山の名 一体何を象徴したのか

主人公二人がいのちを賭けた山だったのだろうか。それとも二人の未来を象徴させたのだろうか。


2003年 イギリス/イタリア/ルーマニア・カラー 監督 アンソニー・ミンゲラ  出演 ジュード・ロウ  ニコール・キッドマン レニー・ゼルウィガー ドナルド・サザーランド
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2010年10月26日

富と名声 それに美女の愛を得ようとした青年は・・・ 「陽のあたる場所」



まばゆいばかりの美貌の持ち主、エリザベス・テイラーと若き名優モンゴメリー・クリフトが演じた甘美なラブシーンが印象に残る傑作「陽のあたる場所」。

1951年度アカデミー賞で監督賞ほか6部門を押さえたジョージ・スティヴンスの名作である。このとき、リズはまだ19歳、撮影に入ると役になりきるクリフトを観察、初めて「演技」を学んだという。

富と名声を得ようと野心に燃える貧しい青年ジョージ・イーストマン(モンゴメリー・クリフト)は、伯父の経営する工場に招かれ、同じ職場のアリス・トリップ(シェリー・ウインタース)と恋仲になる。

しかし、富豪の令嬢アンジェラ・ヴィッカース(エリザベス・テイラー)と出会い、愛しあうことになる。ところが妊娠したアリスが結婚を迫り、彼女が邪魔になったジョージは湖に連れ出す。

アリスを殺すことをためらううちにボートが転覆、アリスは溺死してしまう。裁判でジョージは殺意を否認するが、有罪になる。

いつまでも愛してるわ。生きている限り・・・。私たち、さよならを言うために出会ったのね

独房のジョージに会いに来るアンジェラの言葉だ。


「僕は世界一の幸福者だ」
「二番目よ。一番は私」
ジョージとアンジェラが愛を打ち明けあいテラスでキスを交わす。白黒の画面一杯に大写しになるラブシーンは実に美しい。

社会派小説「アメリカの悲劇」を甘美なラブロマンスとして描いた名作である。

1951年 アメリカ・モノクロ 監督 ジョージ・スティーブンス 出演 モンゴメリー・クリフト エリザベス・テイラー シェリー・ウインタース

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2010年10月25日

キアヌ・リーブス初の本格的恋愛映画 「雲の中で散歩」



殺伐とした作品が多い中、これは一寸洒落た映画といえよう。広大な葡萄園を舞台に、男女の情熱的な恋を描いたロマンティックなラヴストーリー。

「スピード」「JM」でトップスターの座を掴んだキアヌ・リーヴス初の本格的な恋愛映画。42年製作の同名イタリア映画(日本未公開)のリメイク。

監督は「赤い薔薇ソースの伝説」で国際的にも高く評価され、本作が初のハリウッド映画となるメキシコ映画界の雄、アルフォンソ・アラウだ。

第2次大戦が終り、故郷に帰ってきたアメリカ兵ポール(キアヌ・リーヴス)は、再会した妻ベティの愛が冷えきっているのを知った。

出征前の仕事であるチョコレートのセールスに戻るため汽車に乗った彼は、車中でビクトリア(アイタナ・サンチェス・ギヨン)という美女にぶつかりトランクの中身をぶちまけてしまう。

彼女は妊娠中で、相手の男に捨てられ心に深い傷を負っていた。彼女の実家はラス・ヌベス(雲)という葡萄園を営む、メキシコの長い伝統と格式に則った上流階級で、厳格な父アルベルト(ジャンカルロ・ジャンニーニ)は娘の不始末を許さないだろうと語る。

同情したポールは、彼女の夫を演じることを引き受けた。アルベルトは予想通り烈火のごとく怒るが、母親や祖母、祖父ドン・ペドロ(アンソニー・クイン)らは2人を優しく迎え入れてくれる。

翌朝、ペドロから散歩に誘われたポールは、深い朝霧の中を歩くうち、雲の中で散歩するような気持ちになる。

彼は、もう一日滞在を延ばした。積んだ葡萄を大きな樽の中で踏み、音楽に合わせて踊る儀式の中、キスを交わすポールとビクトリア。だが、妻のいる彼はビクトリアを傷つけまいとして旅立つ決心をする。

その夜、彼はペドロと酒を酌み交わすうち、ペドロに進められて窓辺の彼女に歌で愛を告白するが、返事はなかった。

翌日は収穫祭で、ポールの忠告に心が軟化したのか、アルベルトは2人の結婚を許すと言う。だが、ビクトリアはこれ以上家族をだますことに耐えきれず、ついに真相を告白し、アルベルトは衝撃を受けた。

ヒッチハイクで乗り込んだ車の運転手がポールに聞く。
「こんなところで何をしてたんだ?」
「歩いてた」
「歩いてた?」
雲の中を
「地上へ戻ったか」

故郷に帰ったポールはベティと別れ、ビクトリアに求婚するため葡萄園を訪れた。だが、酩酊するアルベルトと争いになり、ランプの火が燃え移り、葡萄園は瞬く間に全焼する。

ポールは土を掘り返してみると、元根は無事だった。それを見たアルベルトは頑迷な心を解き、ついに愛し合う2人を許す。2人は皆に祝福され、本当の夫婦になるのだ。

葡萄ふみの儀式、窓辺で歌う愛のセレナーデ、それとアンソニー・クインが何ともいい味を出している。見ていてホッとする映画といえよう。

所々でフラッシュのように描かれる戦争の場面は余り意味がない、むしろいらないのではないかという気もする。


1995年 アメリカ・カラー 監督:アルフォンソ・アラウ
出演:キアヌ・リーブス、アイタナ・サンチェス=ギヨン、アンソニー・クイン、ジャンカルロ・ジャンニーニ、フレディ・ロドリゲス
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2010年10月24日

粋でお洒落でコミカルなシンデレラ・ストーリー 「麗しのサブリナ」



「ある高級住宅地の大きな屋敷に小さな娘が住んでいました・・・」
お伽話を思わせるナレーションで始まるこの映画、甘くハスキーな声は、主人公サブリナを演じたオードリー・ヘップバーンのものだ。

サブリナ(オードリー・ヘップバーン)は大富豪ララビー家のお抱え運転手の娘。ララビー家の次男デイヴィッド(ウイリアム・ホールデン)に夢中だが、プレイボーイの彼は子供っぽいサブリナなど見向きもしない。

失意のままパリの料理学校に留学したサブリナは、2年後、洗練された美女となって帰国する。生まれ変わったようなサブリナはララビー家のパーティに招かれる。そのシーンの衣装はジバンシィのドレスだが、ヘップバーンの美しさを際立たせている。

生きがいのある生涯を送るには、傍観者でいてはいけない。人生は自分の手でつかむのです。恋も同じです

 サブリナのセリフだ。

「サブリナ、いままでどこにいた?ぼくの車庫のすぐ上にいて、なぜ気づかなかったんだろう」

こう云って早速デビッドはデートに誘うのだ。ところが腰を痛めて兄のライナス(ハンフリー・ボガート)に代わりを頼む。

堅物で女に関心ないと思ったライナスがサブリナに恋し、サブリナも彼の誠実さに惹かれていく。

二人の気持ちを察知したディヴィッドは・・・・・


1954年 アメリカ・モノクロ 監督 ビリー・ワイルダー 出演 オードリー・ヘップバーン ウイリアム・ホールデン ハンフリー・ボガート

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2010年10月23日

大自然の雲間からジュリーの歌声が美しく響く!!「サウンド・オブ・ミュージック」



雲間から映し出される雄大なアルプスの山々、美しい湖水の景色、そして鳥の鳴き声の聞こえる中、高原を歩く若い女性にカメラは近づく。やがて清らかな声で歌いだす女性こそ、本編の主人公マリアを演じるジュリー・アンドリュースである。

最初の自然の中で蝶のように舞いながら歌うマリアの素晴らしさ、一気にミュージカルシーンに観る者を引きずり込む。

物語は、見習い修道女のマリアとトラップ大佐(クリストファー・プラマー)一家の交流を実話をもとに描き出したものだ。西ドイツ映画「菩提樹」よりブロードウエイでミュージカル化され、1443回もの公演となる大ヒット。ロバート・ワイズ監督の手により映画化された。

舞台は1930年代のオーストリア。若い修道女のマリアは歌や山歩きが大好きでさっぱり修養に身が入らない。修道院長はマリアを妻を亡くしたトラップ大佐の家に、7人の子供たちの家庭教師として送り出す。

家に来たマリアは笛を吹いて子供たちに指示を出す厳格な大佐に戸惑う。子供たちとマリアは歌や遊びを通してすぐに仲良くなる。

子供たちと歌う「ドレミの歌」は実に楽しい。またトラップ家のパーティで大佐の子供たちがお客さまに「さようなら、ごきげんよう」を歌ってお休みの挨拶をするシーンも愉快だ。子役は全員オーディションで選ばれたそうである。

大佐は男爵夫人(エリノア・パーカー)と婚約するが、

いつから君を愛し始めたと思う?君が松かさの上に腰かけたとき

マリアへの気持ちに気づいた大佐は、ガラス張りのあずまやで愛を告白する。

そしてマリアはシスターたちの祝福を受けて結婚式を挙げる。しかし、ナチス・ドイツがオーストリアを併合、新婚旅行から帰ってきたトラップ大佐のもとに、ナチスからの召集令状が届く。

大佐はマリアにオーストリア脱出の意思を伝え、一家は音楽祭の途中、亡命を図るのだが・・・

「サウンド・オブ・ミュージック」は幅広い年齢層の人々が楽しめる最高のミュージカル映画だ。まだの人は是非とも観て欲しい。映画は大ヒットし、アカデミー賞では作品賞、監督賞など5部門を獲得した。

1965年 アメリカ・カラー 監督 ロバート・ワイズ 出演 ジュリー・アンドリュース クリストファー・プラマー エリノア・パーカー
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2010年10月22日

グレイス・ケリー 公妃への旅立ち「上流社会」



上流社会、まさに題名どおりに超・上流社会に飛び込んだグレイス・ケリー、彼女の最後の出演作である。

1955年、モナコ公国のレーニエ大公と運命的な出会いをしたグレイス・ケリーは翌年1月には婚約を発表。

ハリウッドの人気女優が一国の妃になるというニュースはシンデレラ物語として世界を駆け巡った。

注目された最後の出演作品は「フィラデルフィア物語」の再映画化で、今度はミュージカル版として製作された。

映画はルイ・アームストロングがバスの中で愛嬌たっぷりに歌う「ハイ・ソサエティ」の軽快なメロディで幕を開ける。まさにハッピーエンドを予感させる導入部だ。

撮影が始まって間もなく、ケリーは監督に申し出たそうだ。「役作りのために、(婚約者である)レーニエ大公から貰ったエンゲージ・リングをはめて出演してもいいかしら」と。

以来、ケリーの指には12カラットの大粒のダイヤとルビーを散りばめた指輪がはめられ、撮影の合間にじっとそれを見詰めて微笑んでいたという。

私の心は恋の炎をともす男を求める。いつの日かあの人が迎えにくるの。甘い生活、私はすばらしい」

彼女のモノローグはまるでレーニエ大公に向かって言うようだ。

シナトラとクロスビーは、ケリーの結婚を祝福するかのように、熱のこもった歌声を披露する。アームストロングもクロスビーとの掛け合いを楽しそうに演じた。

デクスター(ビング・クロスビー)はニューポートに住む百万長者。隣家の富豪の娘トレイシー(グレイス・ケリー)は彼の先妻だが、ジョージ(ジョン・ランド)と再婚の予定だ。邸には結婚式の取材のため、ゴシップ雑誌の記者マイク(フランク・シナトラ)とカメラマンのリズ(セレステ・ホルム)が来訪。かくして結婚式前夜のパーティが始まる。

トレイシーは酔っ払った挙句・・・ハッピーエンドを迎えるのだが、結婚式の相手たるや・・・。

ヨットの船上で歌うビングの「トゥルー・ラブ」は絶品であろう。


1956年製作 アメリカ・カラー 監督 チャールズ・ウォルタース 出演 グレイス・ケリー フランク・シナトラ ビング・クロスビー

タグ:上流社会
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2010年10月21日

世紀を跨いだ夢のキスとその味は・・・「美女ありき」



この映画はネルソン提督とイギリス大使夫人ハミルトンの”世紀を架けた恋”を描いたものである。

当時、役を演じたローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リーは実生活でも熱愛関係にあり、それだけに熱い演技だったと言う。

二人には妻があり、夫がいる、いわゆる不倫である。禁じられた恋ならばこそ、思いは募る。別れを惜しむ二人は、ナポリで逢瀬を送り大晦日の夜、バルコニーで熱い接吻を交わす。

1799年の深夜、キスをしながら1800年を迎える。まさに世紀に架けるキスである。キスの味はどうだっただろう。さぞかし濃厚な蜜の味がしたに違いあるまい。


「ぼくたちは二つの世紀にわたってキスをしたね」

ああ、あなたがいた古い世紀は、何て美しかったのでしょう


この映画を初めて見たのは、遥か昔のこと、次に見てからでも大分経つ。ヴィヴィア
ンの美しさが印象に残った映画だった。

読者の方はネルソン提督のことをご存知だろうか。ナポレオン戦争で赫々たる戦果をあげ、歴史上の英雄とたたえられたネルソン提督だけのことはある。恋愛まで並みのスケールではない。


1940年製作 イギリス 監督 アレクサンダー・コルダ 出演 ローレンス・オリヴィエ ヴィヴィアン・リー

皆様の中にも、1999年から2000年に架けて熱烈なキスを交わされた方も、おいででしょうか。羨んでもチャンスは100年に一度だけです
タグ:美女ありき
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2010年10月20日

裕次郎・ルリ子コンビで描く翻案物の傑作!!「夜霧よ今夜も有難う」



これは名作「カサブランカ」の翻案モノを江崎実生監督が仕上げた感動作である。

結婚式の日に突然いなくなった秋子(浅丘ルリ子)と相良(石原裕次郎)は再会する。

だが、秋子には警察に追われている夫(二谷英明)がいた。

横浜の波止場での別れのラストシーンは実に情感のこもった場面である。

「聞いて!」
「俺はもう、美しい唇から出る言葉も真珠のような涙も信じないことにしてるんだ。・・・四年だ!一口に四年といえば短いが・・・」

千五百回。昼が千五百回、夜も同じだけあったわ

「気の遠くなるほど長い話さ。さあ、話してみろ!いくらでも聞くよ!」

抱き合う二人をむせび泣くようなサックスの音が包む。

「僕たちは千五百回の昼と夜を取り戻した。これでいいんだ」
「・・・」
主題歌が流れて・・・

この名シーンは裕ちゃんの歌声と共に永遠に忘れないだろう。


1967年製作 監督 江崎実生 出演 石原裕次郎 浅丘ルリ子 二谷英明

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2010年10月19日

夢を追う男女の物語「冒険者たち」



「冒険者たち」は、夢に向かって突き進むことの素晴らしさを謳った傑作である。都会での挫折、一攫千金を夢見た海底の財宝探し、そして悲劇的な結末・・・。

マヌー(アラン・ドロン)、ローラン(リノ・ヴァンチュラ)レティシア(ジョアンナ・シムカス)の三人それぞれが青春を賭けた夢を打ち砕かれ、パリから5000キロも離れたアフリカのコンゴに新しい”夢”を見つけにやってきた。

これは男女三人の冒険と友情を描いた作品である。

前衛芸術家のレティシアはパリでカーエンジニアのローラン、飛行機乗りのマヌーと知り合う。お互いの夢は次々に挫折、そんな時、コンゴの海底に5億フランの財宝が沈んでいるという情報を聞きつけ、3人は冒険の旅に出る。

財宝はやっと手に入れたものの、ギャングに襲われ、レティシアは死亡する。レティシアを海に埋葬するシーンは胸が熱くなるようだ。

二人はレティシアの分け前を彼女の故郷の親戚に届けてやる。こういう律儀さがこの映画の何とも云えないいいところである。彼女が言っていた浮遊島、廃墟の人口島だがフランス、ビスケー湾に実在する島だ。

この島でギャングに撃たれて死ぬ間際のマヌーにローランが語りかけるシーンは友情に満ちている。
「マヌー、レティシアは言ったぞ、ここでお前と暮らすって」

−−この嘘つきめ

マヌーは事切れる。

死によって終焉を迎える恋と友情、海を舞台にした青春への鎮魂歌であろうか。


1967年 フランス=イタリア・カラー 監督 ロベール・アンリコ 出演者 アラン・ドロン リノ・ヴァンチュラ ジョアンナ・シムカス セルジュ・レジアニ 
タグ:冒険者たち
ニックネーム choko22 at 16:47| Comment(0) | ハ〜ホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

 

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