心の旅路 特別版おすすめ度 :

コメント:愛は再びめぐりくる?
過去を二度も失った男の愛の変遷を描いた秀作。1942年製作、1947年公開のモノクロ映画。文豪ジェームズ・ヒルトンの原作を叙情派の名匠マーヴィン・ルロイが映画化、出演はロバート・コールマンとグリア・ガースン。
昔、この映画を観て泣いた記憶があった。今度は泣かないぞと思って見直したが、相変わらず泣かされてしまった。心地よい涙である。涙もろい人には必見の名画だ。
第一次世界大戦後のイギリスを舞台に、戦争で記憶を失った軍人が収容されている、とある丘の上の精神病院から映画は始まる。
或る日のこと、過去の記憶を完全に喪失しているスミス(ロナルド・コールマン)のところへ老夫婦が面会に来る。期待するスミスだったが、人違いであった。スミスは戦場で重傷を負いショックでそれまでの記憶を失い言語障害に陥っていた。
「よくあることなんだ」と係官は言った。
スミスは外へ散歩に出た。霧が深かった。とてつもない霧の深さだ。その時、鐘が鳴り、「戦争が終わった、休戦だ」と叫び声を挙げて門番が部屋を飛び出して行った。スミスは誰も居ない部屋に入り、そこから門の外へ出た。
メルブリッジの町は休戦の報で沸き立っていた。人波に押されて歩くスミス。やがてその波から逃れるように煙草屋に入った。出てきた老婆は「ちょっと待っていて」と奥へ引っ込んだ。精神病院へ電話を掛けに行ったのだ。
その時、折りよく店に入ってきたポーラ(グリア・ガースン)は「ここに居ちゃいけないわ」とスミスを外へ逃がしてやる。
スミスは歩きすぎて疲れていた。後を追ってきたポーラが「あなた、疲れてるんでしょ。いいところがあるわ、行きましょ」とスミスを酒場に誘う。
一杯飲んだ後、ポーラは、
「私、劇場に出る時間なの。あなた、良かったら来ない?楽屋からだと良く見えるわよ」
楽屋で舞台衣装に着替えをしながら、「あなたのこと、話して」と聞く。彼は自分が言語障害でしかも記憶喪失であることをポーラに話す。
「自分が誰かも分からない」と。
「でもあなたがいい人だってことは分かるわ。今の名前は何ていうの?」
「スミスだ」
「スミシィと呼んでもいい?」
彼は頷いた。ポーラは舞台に出て行く。彼女は看板娘の踊り子だった。
休戦で沸く場内でポーラは他の踊り子たちと歌い踊る。椅子に座って見ていたスミスは椅子から転げ落ちた。疲れとインフルエンザに掛かっていたのだ。
やがてポーラの看病もあってスミスはようやく快方に向かう。彼女に愛が芽生え始めていた。
或る日のこと、病院の門番の男が酒場に入って来た。脱走したスミスを探しているのだ。ポーラは彼を連れて、安全に療養出来る田舎へ隠れ住むことを考え、町を後にする。
「世界の果てね。美しくて淋しいわ。でも、ここならきっと安全だわ」
二人は湖畔の小さな宿に婚約者同士として泊まった。ポーラが湖畔で休息しているスミスの所へ手紙を持ってやってきた。スミスがリヴァプールの新聞社に送った原稿が認められたのだ。少ないながら小切手も入っている。ポーラは喜ぶ。
「もしかして、戦争前は作家だったのかしら・・・」
「ポーラ、恥ずかしいんだが、君を・・・君を愛している。」
「気を使っているのね」
「違う、結婚して欲しいんだ。2ギニーを資金にね」
「私にとって、あなたが一番大切な人よ。煙草屋で出会ってからずっとあなたから目を離せなかった」
「これからも私から目を離さないで」
「私と、本気で結婚したいと?心からそう願うの?」
「何よりそう願うよ。君と一緒に人生を始めたい。君なしの人生なんて・・・」
「気が変わる前に答えるわ。返事はイエスよ」
熱いキスを交わす二人。
こうして二人は結婚した。最初の結婚式を教会で上げた。少ない参列者ながら村人たちの祝福を受けて。二人は車で新居に入った。表戸を開ける時、戸がギィときしんだ。
「油を注さないと・・・」と言いながら玄関に向かうが、杏の木の枝が突き出ている。
「切らないと」
「いいえ、きれいだわ」とローラが微笑む。
スミスは木を除けて玄関の扉を開ける。カチッと音がして開く扉。二人の新生活の門出だ。
幸せに満ちた生活が始まり、子供まで授かった。そして病院を脱走してから三年の日が経っていた。或る日、スミスはリヴァプールの新聞社から作家の契約に来いという
招聘を受けて、一人でリヴァプールに向かった。トランクにみすぼらしい下着などを詰めて。
「ホテルはグレート・ノーザンがいいわ。駅にも近いし」ポーラに言われたようにノーザンホテルに宿を取り、スミスは新聞社に向かう。そして道路を渡りかけた時、悲鳴が上がった。新聞社の看板を見上げて歩いていたスミスが車に撥ねられたのだ。
頭を強打した彼の意識が戻った時、不思議そうに自分の服を見た。警官がやって来た。
「お名前は?」
「チャールズ、チャールズ・レーニア」
「職業は?」
「連隊大尉です」
「住所は?」
「アラスの塹壕」
「何ですと?!」
事故の衝撃でスミス時代の3年間のことは記憶が消し飛び、その代わりに昔を思い出したのである。「3年間、一体私はどこで何をしてたんだ?」それを調べる手がかりは何もない。あるのはポケットの鍵ばかりだ。
チャールズが我が家に戻った日、それは父親の葬式が済んだばかり。父は大富豪だった。兄弟や親戚は「遺産を狙って帰って来たのだ」と言う。姪のキティ(スーザン・ピータース)は子供の頃からの憧れだったチャールズに興味を持った。
月日が流れた。チャールズは会社の経営者になり、手腕を振るっていた。姪のキティは実の叔父でないのを良いことにチャールズにベタ惚れし、大学を卒業して二人は婚約する仲になった。
そしてその間、ポーラはスミスの失踪宣告を受け、結婚は解消、子供も失っていたのだ。
チャールズの記事と写真が以前新聞に出たことがある。ポーラは速記を習い秘書として彼のそばで勤める身になっていた。マーガレットと名前を変えて・・・。
キティを婚約者として認めねばならない辛さ、死んだ子供がいたことをチャールズに話しても、彼は思い出しもしなかった。時々、ポケットから鍵を取り出して物思いに耽っている彼を見ても、それが何であるか云うことも出来なかった。
チャールズとキティの結婚が決まった。思い余ったポーラは彼女に想いを寄せる心理学者ジョージに相談する。妻だったことを打ち明けると言うのだ。
「君の望みは彼の名前か、それとも彼の保護?」
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昔のあの人、そして、愛よ
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結婚式の前日、教会で式の曲を聞く二人。曲を聴いている内にチャールズは何かを思い出しかける。キティが傍に行っても他人を見る様な目である。泣き出すキティ。
「ごめんよ、ぼんやりしてて」
「いいの、今わかってよかったの・・・。私たち、だめよ。本当は分かっていたの。自分の幸福だけ追っていたわ。幸せ過ぎて分からなかった。あなたの心に居るのは私ではないと。私を他の人と錯覚してるんじゃないかと、他の女性と。私はその人に勝てないわ」
そしてキティは去って行った。
ポーラはチャールズがリヴァプールへ行ったと執事に聞いて後を追いかけた。だが、12年前に来たグレート・ノーザンホテルでジョン・スミスの名前の入ったトランクを見つけても「私の物ではない」と云うのだ。過去への扉は閉ざされたままだった。
チャールズは選挙に出て当選した。その日、彼はポーラに求婚、ポーラもそれを受け入れた。彼女は名誉、そして地位も得た。だが、心の虚しさは晴れなかった。チャールズが優しく接して呉れれば呉れるほど耐えられなかった。
チャールズが贈ってくれた貧しいネックレスを手にして涙を流す。チャールズが部屋に入ってきた。ネックレスに気がついて、彼は云う。
「贈り物かね」
「安物よ」
「君にとってはエメラルドより大事なんだね」
「私の瞳の色だと、そうでしょ」
とネックレスを目の傍へ持っていく。それでも彼は何も思い出さない。
「いつまでも亡くなった人にこだわり続けるのはよくない」
「あなたが言うなんて・・・」
部屋を出て行くチャーリー。
ポーラの胸は絶望にはじけそうだった。
「スミシー・・・」
顔を覆って泣くポーラ。
ポーラは旅に出ることにした。一人旅である。昔泊まったデボンの宿に向かったのだ。チャールズに見送られて彼女は出発した。
メルブリッジ工場でストライキが勃発した。チャールズは部下と現場へ急いだ。そして労働者たちの要求を飲んだ。町は昔のあの日のように沸き立っていた。彼は町を歩いた。
「あの角を曲がったところに煙草屋がある」と云って煙草屋に入った。
「この町は初めての筈では」
「そうだが」
「でも来る時には通らなかった裏通りの煙草屋を、どうしてご存知で?」
チャールズはアッと思った。記憶の扉が少しづつ開き始めたのだ。彼はタクシーを拾い、丘の上にある精神病院を見つけた。そして、あの日の行動を辿り出した。
ポーラは昔泊まった湖畔の宿を出る時、宿の新しい女主人が、ある紳士が前の女主人と牧師のことを聞きに来たと告げた。ポーラは云った。
「紳士はここに?」
「いいえ、昔住んでた家を探しているとか・・・」
ポーラの顔に喜びの色が浮かんだ。
家の前に紳士、いやスミシーが立っていた。彼はそうっと戸を開けて見る。ギィッというきしんだ音がした。桜の木の枝をどかして扉の前に立ち、持っていた鍵を入れる。と、カチッという音がして玄関が開いた。離れて見守っているポーラ。
「スミシー」
と声を掛ける。
振り返るスミス。
「ポーラ!」
「おお、スミシー!! お帰りなさい、あなた」
杏の花の咲き乱れる庭で抱きあう二人、歓喜のキスをかわす。
ハリウッドの貴婦人と言われるグリア・ガースンと銀幕の紳士、ロナルド・コールマンが競演した愛の物語である。
今時、12年間もそのまま二人が暮らした家が残っていたとは信じがたいが細かい疑問は抜きだ。それよりなんというグリア・ガースンの
美しさであろうか。ロナルド・コールマンは公開当時、八の字のヒゲ、コールマンヒゲで有名になったのを覚えている。
これはメロドラマの古典的名画だ。若い人にも、カッタルイなどと云わずに見てもらいたい作品である。
現代にも心を病んでいる人は多い。でも決して希望を失わないでいて欲しい。希望、それこそが再起への道標なのだから。
1942年 アメリカ・モノクロ 監督 マーヴィン・ルロイ 出演 ロバート・コールマン グリア・ガースン